ジョナサン・レセム「スーパーゴートマン」


Super Goat Man : The New Yorker

あらすじ

スーパーゴートマンという男が僕の町にやって来る.スーパーゴートマンはコミックヒーロだったがあまり有名でない.額に角があって,喉と耳に毛が生えているだけの男,スーパーゴートマン.ヒーローから落ちぶれて,他の負け犬ども(ヒッピー&大学中退者)と一緒に「コミューン」で暮らしている.

けれど僕の親父はスーパーゴートマンに興味津々.自分の失われた可能性を,彼の上に投影しているかのようだ.ある日親父と僕はコミックショップに出かけ,全部で5巻しか出ていない『リマーカブル・スーパーゴートマン』という漫画を買って帰る.安っぽくて古臭い,退屈な漫画だった.しばらく僕の部屋に放置されていたが,結局おふくろに捨てられた。

それから数年間,僕がスーパーゴートマンに関わることはまったくなかったが,彼はコミューンの住人とよく何か(原発の廃止やデイケアの設置を呼びかけるポスターを貼ったりするなど)をしていた.他の住人よりも,スーパーゴートマンはかなり年上だったようだ.

13歳の夏に,僕と両親はコミューンのオープン・パーティに参加した.両親は面白いことが好きな人間だから,風変わりなコミューンの中を覗いてやろうという魂胆だったのだろう.2階へ上るとスーパーゴートマンがいて,なぜか僕の名前を知っていた.

「どうしてここに住んでるんですか?」と僕は聞いた.「ここには友達がいるからね.仕事がなくなったとき,世話になったのさ」と彼は言った.「あの戦争について,私は率直に喋りすぎたらしい」スーパーヒーローになる前のスーパーゴートマンは,ラルフ・ガーステンという名前の人間だった.その頃は大学の教師をやっていたらしい.

僕がコーコラン大学の3年生のとき,スーパーゴートマンが教授として大学にやって来た.少し肉が付いたようだったがその他は変わっていない.彼が住んでいる大学寮のサロンで,スーパーゴートマンはとても人気者だった.向こうから話し掛けてくるまで,彼が自分のことを覚えているかどうか,僕は分からなかった.そしてスーパーゴートマンの話から,彼と僕の親父が親密に交際していたということを初めて知って驚いた.それにしてもスーパーゴートマンはいったい何歳なのだろう? 親父よりずっと年上のはずだが.

8ヶ月後たって春学期も終わろうとしていた頃のある夜,中央広場の時計塔の壁をルディとセスがよじ登っていた.2人はフラタニティの会員で,すごく金持ちで,特に評判の悪い学生だ.人の大きさほどもある紙クリップの模型(彫刻科の学生が授業で作った)を担いで,地上6階の高さの壁の出っ張りに立っている.酒が入っていて,大声でスーパーゴートマンを呼んでふざけている.「助けてスーパーゴートマン!」

十数人の生徒が大学寮に赴き,寝ているスーパーゴートマンを叩き起こして連れてきた.彼は服を脱ぎ捨て時計塔によじ登り,馬鹿共を救出に向かおうとする.とその時,巨大紙クリップのせいでバランスを崩したルディがあっという間に塔から落ちる.スーパーゴートマンはルディに脚を延ばしたが,彼の指は紙クリップを掴んだだけだった.

ルディは幸運にも命は拾ったが,それ以降電動車椅子で移動する身となって自信も消え失せた.あいかわらず酒は飲んだが,前よりずっと大人しくなった.

僕は30歳になり.2年間のポスドクを得てオレゴン大学にいた.そこで知り合った24歳のイタリア人の女の子と,2年後に結婚した.テニュアにつながる地位を得たいと思い,就職活動に奔走した.面接の感触はよかったが,結局は手紙で丁寧にお祈りされるだけで決まらなかった.

その後,母校のコーコラン大学で面接を受けられることになった.学長にも会うことができて,今度こそはいい感触だと思った.学長はスーパーゴートマンのことに触れ,今夜の晩餐会に出席すると話す.「彼はまだここにいたのですか!?」と僕は驚く.

スーパーゴートマンはとても老衰してして授業はもう受け持っていないとのこと.「それでも皆には愛されているんです」と学長は言った.「いったい彼は何歳なんです?」「人間の年では分かりませんね.加齢の速度自体も加速しているみたいなので」恐らく,スーパーヒーローであることはステロイドを摂取し続けるようなものであり,肉体に大きなリスクが伴うのだ.学長と別れ,妻が待ってる場所に向かう途中僕はそんなことを考えていた.

スーパーゴートマンは,晩餐会に少し遅れて登場した.歳を取っただけでなく,小さくなったように見えた.150センチそこそこあるかも疑わしかった.四肢は弱っていて,ときどき四つん這いになる.会話も不可能だ.そんな彼を,周囲の人間は礼儀正しく無視している.食事中もスーパーゴートマンのことは誰も相手にしない.とうとう彼は僕に寄ってきて話しかける.そんな僕らを妻は警戒している.

「私は…君の…親父さんを…知っている」「はい」「覚えて…いるかね…?」「もちろん」「私たちは…ジャズ狂い…だった」“私たち”というのはスーパーゴートマンと親父のことなのか,それとも,もしかすると自分のことなのか,と僕は思う.「…ポーカー…」「父にスカンピンにされてしまったんですよね」「そう…いい時代…綺麗な女たち…論争…二日酔い…人生を…謳歌していた…」スーパーゴートマンは親父のことばかり話す.僕は自分が嫉妬していることに気がつく.「でも,父のことより他にもあるじゃないですか,私とあなたの間には」「そう…かな…?」「もちろんですよ,ありますとも」声が段々大きくなって,学長も,他の教授も,そして妻も,怪訝な目で2人を見ている.後で言い訳が間に合うのだろうか.僕は自分が,最悪の,とんでもないことを言い出すと思った.

僕はこう言ったのだ.「昔,あなたが紙クリップを救助するのを見たことあるんですよ!」